間宮芳生氏への委嘱曲



第5回(1998年度)



     題名:子供のお祈り その一・その三
     詩:ヨアヒム・リンゲルナッツ 訳:板倉鞆音

     題名:カニツンツン
     詩:金関寿夫

     編成:独唱とピアノ



間宮芳生氏プログラムノート(無断転載厳禁)

ことばと向きあって、ことばと楽想とを出逢わせるしごとは、作曲家のしごとの中で最も貴い。いい作曲家とはいい歌曲をどっさり作った人だ。べ一トーヴェンも、ドビュッシーも、プーランクも、などと言いながら、22曲になった日本民謡集や、いくつかの童謡を別にすれば、「歌曲」の作曲をしなかった。ことばを演じさせることはオペラで沢山書いて来たけれど、うたの曲でそれをいままでやって来なかったことをずっと悔いていた。民謡集の作業は、もっぱらピアノ伴奏を書くことだったから。しかし、「わが親は いかなる悪非にわれを産(な)す」なんてことばを、さりげない節でうたう民謡なんかを知ると、生半可なしごとは出来ないなあと思ってしまう。

90年代に入って、板倉輌音(ともね)さんのすばらしい日本語訳で、ドイツの薄幸の詩人リンゲルナッツの詩に出逢い、歌曲集「郵便切手」が出来た。でもヴァイオリン,クルムホルン,リュートで伴奏する歌曲だ。それから金関寿夫さんの名訳で、アメリカ・インディアンの詩や神話に出逢って、「白い風ニルチッイ・リガイが通る道」という題の謡曲が出来た。でもこれまた、能楽師の謡いと3人の打楽器のための曲である。

つまり、そのつづきというわけで、こんどのピアノ伴奏のうた曲は、やっぱり、リンゲルナッツと、そしてインディアンの詩ではないが金関さんのことばあそびうた「カニ ツンツン」を作曲することになった。

「子供のお祈り」は、病弱で、こましゃくれて、でも心やさしいこども。リンゲルナッツが描いた人間の愛(かな)しさだ。「カニ ツンツン」は、世界のたくさんの民族のことばのたのしいコラージュだ。北米インディアン、アイヌ、英語、イタリー語、地名、人名、それに正真正銘のハヤシコトバ。

ところで、リンゲルナッツの詩をぼくにおしえてくれたのは、歌手で詩人だった友竹正則だ。「郵便切手」は彼にうたってほしくて書いたが、出来上かったとき、彼は闘病の床にあって、そのまま不帰の客となった。ほくのうたは、いつも友竹のうたの息づかいを思って書いているようなところがある。しかしこんどの三曲を、「郵便切手」をすてきにうたってくれた竹沢さん、オペラ「鳴神」の絶間姫を、したためる香気にうたってくれた山口さんに託すことが出来る幸運を感謝する。

こんどあらためて確認したこと。詩と向きあっていて、ピアノのパートが溢れ出し、それとことばがひびき合うのがいいのだと知る。


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