90年代に入って、板倉輌音(ともね)さんのすばらしい日本語訳で、ドイツの薄幸の詩人リンゲルナッツの詩に出逢い、歌曲集「郵便切手」が出来た。でもヴァイオリン,クルムホルン,リュートで伴奏する歌曲だ。それから金関寿夫さんの名訳で、アメリカ・インディアンの詩や神話に出逢って、「白い風ニルチッイ・リガイが通る道」という題の謡曲が出来た。でもこれまた、能楽師の謡いと3人の打楽器のための曲である。
つまり、そのつづきというわけで、こんどのピアノ伴奏のうた曲は、やっぱり、リンゲルナッツと、そしてインディアンの詩ではないが金関さんのことばあそびうた「カニ ツンツン」を作曲することになった。
「子供のお祈り」は、病弱で、こましゃくれて、でも心やさしいこども。リンゲルナッツが描いた人間の愛(かな)しさだ。「カニ ツンツン」は、世界のたくさんの民族のことばのたのしいコラージュだ。北米インディアン、アイヌ、英語、イタリー語、地名、人名、それに正真正銘のハヤシコトバ。
ところで、リンゲルナッツの詩をぼくにおしえてくれたのは、歌手で詩人だった友竹正則だ。「郵便切手」は彼にうたってほしくて書いたが、出来上かったとき、彼は闘病の床にあって、そのまま不帰の客となった。ほくのうたは、いつも友竹のうたの息づかいを思って書いているようなところがある。しかしこんどの三曲を、「郵便切手」をすてきにうたってくれた竹沢さん、オペラ「鳴神」の絶間姫を、したためる香気にうたってくれた山口さんに託すことが出来る幸運を感謝する。
こんどあらためて確認したこと。詩と向きあっていて、ピアノのパートが溢れ出し、それとことばがひびき合うのがいいのだと知る。